誕生日の後悔
昨日は自分の誕生日でした。
習い事の忘年会のためいつものように家で誕生日会はできませんでした。
こうやって外で自分の誕生日を過ごすと、誕生日なんてものは、365日の中のただの1日にすぎないんだなと気がつきました。
自分の誕生日を特別に感じられたのは、特別なことをしてくれる周りの人によるものなんだなと改めて感じますね。
さて、昨日の忘年会に関してなのですが、
早よ帰れば良かった…。
毎回思うんですよ。はよ帰ればよかったって。
毎回といっても、習い事の飲み会だけなんですが。
嫌なことをわざわざ言葉にするのはわざわざ嫌なことを思い出さなきゃいけないってことなのでなるべくしたくないのてすが、
日記を書くって決めたからにはしっかり書きます。
早く帰ればよかったのいうのは大抵は1人の人のせいで、
酒に強いわけでもないのに本人は弱いとは認めず自制せずに飲む。
大体の酔っ払いに共通するように普段話せないことをじっくり話し始めるのは良いのですが、考え方が偏見で溢れているので聞いているのが辛い。
しかし相手は自分より15以上年上の人で、偉い立場の人間なので、真っ向から否定して自分の意見を言いづらい。
セクハラまがいなことをしてくる。
などなど。
今まで聞いていて辛かった偏見は「外国人」に対する偏見です。
例えば中国の人は大抵は雑で適当な性格で、韓国の国は怒ると手がつけられないだとか、束縛が激しい、だとかという固定概念があって、その概念がどれも悪いイメージなので海外の人に良いイメージを抱いていない。だから日本人が1番いいと思い込んでいるんですね。
海外の人はどの人であっても裏を持って近づいて来るから、気をつけろと私に言ってくるわけです。
これから留学をしようという私に。
心配していただけるのはありがたいのですが、その偏見を私に押し付けてくるのはやめていただきたいですね。
そして最近恋人にフラれたからか何なのか、私にやけに突っかかってくる。
「誰ももらってくれなくて残り物になったら俺のところに来なよ」
とか。
これには流石にその場でうまく言葉にできませんでしだが反論させていただきました。
「残り物になるつもりはないですし、相手がいなくても大丈夫です。」
と。
今振り返ると私わりとちゃんとはっきり言えたじゃん…偉い、私。
でもこの際私の主張を述べさせていただきます。
まず私は私の意思で一緒にいたいと思う人を選ぶのであって、誰かに「もらわれる」存在ではありません。
もし私に相手が現れなかったとしても、その時は私はあえて相手を選ばなかった場合があることを忘れないでいて欲しいです。
私にとって、相手を作るということが生きていくために絶対的に必要という訳ではないのです。
正直これを全て綺麗に言葉にして言いたかった…。でも流石に相手に押されている状況、また考えがうまくまとまっていないままですぐに言葉にするのは難しいですね。
しかしいつか、自分のこのような考え方をしっかり伝えなければいけないな、と思い始めました。だから今回こうやって自分の考え方を日記としてまとめる事ができたのは良かったかな。
うん、
今日の収穫です。
誕生日にこんな暗い気持ちになるなんて、
嫌ですねぇ。